地域生活を考えよーかい

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『在宅』の医療と介護の連携を
つながる福祉って楽しいよ♪にお集まりいただいたみなさまへ^-^;//

掲載日:2014年4月15日(火)

mailto:kunimoto@kangae-yo.com

『在宅』の医療と介護の連携を つながる福祉って楽しいよ♪にお集まりいただいたみなさまへ^-^;//

 千葉のみなさん、こんにちは。兵庫県伊丹市という処からやってきました国本(くにもと)です。りべるたすさんの待望のグループホームが完成したということで、私もワクワクと心を躍らせています^-^//。
本日は『障害のある方の訪問看護って何?』というテーマを頂いているのですが、はっきり言っちゃうと「わかりましぇんT-T;;」と答えるしかないのですが、それでは大好きな千葉(^^;私、千葉が大好きな奴でして、チーバくんのことも知ってます^^;)に来れなくなっちゃいますので、色々と(少しですが^^;)考えてみました。
 私は先に記しました伊丹市というところで地域生活支援等という(偉そうな^^)活動と事業(何が活動でどれが事業やねん?みたいな感じですが^-^)をやっておりまして、今の障害者総合支援法の前身の前身(^^)の「支援費制度」が始まった2003 年に「訪問看護ステーションしぇあーど」としての事業もスタートしています。
 私自身は、その2003 年よりも以前(1990 年代の後半あたりですね^^)から「1 時間1,000円でなんでもしますよ〜」といったカタチ(些か嘘っぽい文句で^-^)で活動をしていました。
 当時(丁度2000 年頃)、そんな活動を事業にした際の需要は凄まじく(^^;私たちは阪神間という大阪と神戸の間の人口密度の高い地域だったこともあり)、二年程で私たちを利用していただける方や利用したいと言われる方々の数が300 名程にもなったことを思い出します。
 その際にご利用いただいた方の多くは、私たち(2000 年に事業を開始した際には3 名の有志で立ち上げましたので^^)が重症心身障害児・者施設で働いていたこともあってか(たぶん、そうだからだと思います)、重症心身障害といわれる方々でした。
 中でも気管切開をされている方だとか径管栄養として食事を摂られる方など、いわゆる医療的ケアを要する方々は、なんでか(今もずっと疑問です^^)そのことを理由に様々な場面(特に福祉サービスなんぞを受けようとする際に)で不条理な対応を受けたりしました(これは今も尚、だったりですね^^)。例えば「それは医療行為」だからといって買おうとするサービスを売って貰えなかったり。例えば、これまでお付き合いしてきた(利用していた)サービスが(事業者から)「責任が持てないから」等という文言と共に切られてしまったり…。
 そういったコトから私は訪問看護が必要だと思い事業を始めました…というストーリーは真っ赤な嘘でして^^;(ずびばぜん)、実は私、こういった活動を始める前には重症心身障害児・者施設や精神科医療といわれる病院等で就労してきたのですが、そこで見たり感じたりした医療(あるいは看護) (全てではないですよ^^)による支配的な空気は忘れようもありません。たまたま私が勤めた先がそのようなトコロ(措置されて住まわされている方々が多数なトコロ…、それを入院生活だとか入所生活と呼ぶことに悶々とした思いを抱いたことも思い出します)だったからかも知れませんが、多くの(^^;繰り返し全ての…ではありません)医療職者(看護職も含む)や福祉職という者たちもが、ご本人さん(患者さんと呼ばれますね、病院では)を見下し、まさに特定の生活様式を強いているにもかかわらず、「入院」あるいは「入所」している人たちの「尊厳を護り」…等と堂々と語る方々にぞっとしたものです。更に、そこで働く職種間にも、ぞっとする格差(階層)構造があったりでして、若かりし頃の私は真面目に悩み苦しんだものでした(^-^)(再度繰り返しますが、全ての医療職や福祉職といわれる方々がそうであると言っている訳ではありません^^)。
 で、話を戻すと、訪問看護…というよりも、看護師という職種に侵された輩たちが病院から出て(病院・病室をお家に置き換える等ということではなく)、まさに「一緒に(共に)居る(おる)」という感覚を持ってもらうために、そのために訪問看護ステーションを立ち上げたという訳です。もちろん、その先には、そういった輩(共に居る人=医療モデル的な者ではなく社会モデル・生活モデル的な人)となった元・(医療的^^)看護師が、医療的ケア等によって虐げられる社会を少しでも変える為の手立てとなって、ご本人さんの傍らに居る、あるいは居ようとする人の「後ろ盾」又は「後ろ支え(うしろざさえ)」に成り得る(成るべき)であろうと思い立ち上げたということです。私たち、しぇあーどのアジト(^^;私たちの拠点をそう呼んでいます)や地域では、決して医療的ケア等を全て看護職者が担うなんてことは有り得ず、ご本人さんに最も近い人や、近くで共に居たいという人の後ろ支え的存在、
あるいはご本人さんの傍らに居る人の一人として存在しています。そういったカタチが私の思う「障害のある方の訪問看護って何?」に対する答えなのかと思ったりです^o^//。
と、^^;随分と以前のエピソードですが、当時(2003 年)、私どもの訪問看護ステーションを一緒に立ち上げてくれた看護師さんを私がご本人さん(重症心身障害といわれる方です)に引き合わせた際に、咳き込むご本人さんに対して素早く吸引器を持って近付き吸引しようとする行為を私が制止したコトで口論となりました(^^;かなり長く尾を引いたりしました^^)。^o^;なかなか私が制止する意図が解ってもらえなかったのですね^-^;。その看護師さんが、数年後に、新たに入職した看護師さんをご本人さんに引き合わせる際に同様な状況に出くわした時に「ダメです!(吸引は)、一緒に咳をするんです!」「彼女は咳をしようとしているんだから、それを手伝う、もしくは一緒にするんですよ!」と言いました^^;。
 私たちは「如何に一緒に(共に)居る(おる)のか?」ということを常に意識したいものです。
 誰もが(例え脳死判定されてしまう人も、です)暮らしていく、生きていくうえで何者かに支配されてはなりませんし、逆に職者(や専門職等)であろうがなかろうが誰かを支配すること等有り得ないことです。そして、全ての方が誰かに「護られ(保護)て」だとか「託されて」生きるということではなく、誰もが自ら(の根本)が「主体的に生きよう」としていることを感じ合えるために様々なモノ(訪問看護もしかり)があるのだと思いたいものです。
 今、急速に在宅医療や小児在宅医療が地域に普及してきています。その多くが社会的背景(多死社会に向けて、や、NICU の満床問題だとか等)によるものなのでしょうが、背景のみで私たちは動く(動かされる)のではなく、「何処で誰と如何暮らし(生き)ていきたいのか」を根本に繋がる塊を「連携」(ネットワーク)と呼びたいものです。さすればきっと『楽しいよ』♪ですね^o^;//。お後がよろしいようで^-^;//。麦ゅっ!。ラーっ!!。^o^;// S.ri.kuni


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