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なごみつうしんNo.2

小沢浩さん(島田療育センターはちおうじ)発行の「なごみつうしんNo.2」です 。

掲載日:2015年2月29日(火)
発行日:平成27年2月23日(第2号)
発行 :島田療育センターはちおうじ


なごみつうしんNo.2

子どもたちは不思議な力を持っています。癒されたり、勇気をもらったり、共に涙したり…
子どもたちの力がもたらした一つの物語をここで紹介します。

所長 小沢 浩


 「若 葉」
恩師のお祝いの飲み会の席で、このあと二人で飲まないかとかつての同僚だったFに誘われ、新宿のアーケード街の屋台で飲んだときのことであった。とりとめのない話を交わしていると、饒舌なFが急に話を止めしばらく訪れた沈黙の後、姿勢を正しまじめな顔で「頼みがある。」と言い、頭を下げた。Fは私と旧知の仲の小児科医である。そして、それからぽつりぽつりと話しだした。彼の甥のH君のことであった。H君は、大学を目指していたときにてんかんを発症してしまった。薬を飲んでいたがてんかんは止まらず、しばらくして精神症状も出てきた。精神科の病院に入院して精神症状は消失した。てんかんの薬の副作用であった。薬の調整によりてんかんもコントロールできた。しかし、すべてにおいて自信がなくなってしまったH君は、自宅に閉じこもったままであった。H君にきっかけをつかむために、島田療育センターでボランティアにいかせてもらえないだろうかということであった。私は引き受けることにした。
 ボランティア講習会にまずH君はやってきた。そして、自分で担当の病棟を決めた。その病棟は私が担当していない病棟であった。
そこで私は、療育師長にH君のことを頼んだ。H君は、それから週三回通い始めた。片道二時間かけて、黙々と…。私は、なかなか会う機会も少なく、一〜二週に一度廊下ですれ違うときに声をかけるだけであった。五カ月くらい通っただろうか。H君は私のところにやってきて「今日でくるのを終わりにしたいと思います。受験勉強をしたいと思います。」と挨拶をしてきた。
 そしてしばらくしてH君が介護福祉士の専門学校に合格したことを聞いた。
 それから、二年の月日がたったある日、電話がかかってきた。「就職が決まりました。特別養護老人ホームで働くことにしました。色々ありがとうございました。」声の主はH君であった。その希望に満ちた晴れやかな声は、輝きに満ちていた。ひとつの力がつながった。


 それから、しばらくして再びFと飲んだときのことである。「Hのことありがとう。島田療育センターに通っていたとき、Hは病棟の職員からあまり温かく迎えられていないような気がして孤独感を抱いていて何回もくじけそうになった。そして辞めると言ってきた。そのときに俺はあいつに言った。『おまえが辞めるのはかまわん。だけど俺は、小沢に頼んで、あいつはそれを引き受けてくれた。辞めるんだったら、小沢に自分で謝ってから辞めろ』と。それをあいつは言うことができずに今日こそは…、と思っていた。そんなときに『元気にやっているね。遠くからありがとう。』と、それはいいタイミングで小沢が声をかけていたらしい。ある日、実習にきている大学生と職員が病棟の子を連れて前を楽しそうに歩いているのをずっとついていったときのことだった。ある子どもとベンチに座ったとき、その子どもが、Hをみてニコッと笑ってくれた。何ともいえないいい笑顔だった。その笑顔に会いたくて島田療育センターでのボランティアを続けることができたって言っていたんだ。その笑顔に出会うことができて介護福祉士になりたいと思った。受験勉強をしたいと俺に言ってきたから、『目的をもって辞めることはいいことだ。』と後押しした。」と。

歯車が一旦くるいだすと、はじめは小さくてもそれはあっという間に大きくなり、元に戻すのは容易ではない。でもそれを戻したとき、ひとはまたひとつ成長する。歯車を戻す努力を続けること、意欲を育てることの大切さをH君から教わった。

 それから少しして、お母さんからお礼の手紙が届いた。就職では、島田療育センターでボランティアを続けたことが高い評価をもらい、希望する二つとも合格したこと、本当に明るくなったことなどが添えられていた。私は、すぐに返事を送った。

「拝啓、
散りゆく桜の花びらの下から萌えてくる若葉に生命の力・春の息吹を感じます。如何お過ごしでしょうか。
 H君の就職おめでとうございます。本当にうれしく思います。
私はH君に感謝しています。障害者のもつ素晴らしさを理解してくれたこと、仲間として接してくれたことに対してです。四月にH君から頂いた電話は、希望に満ちた元気な声で、私はその電話から『桜の若葉』を思い出しました。花びらの散った後に顔を覗かせる若葉は本当に小さな存在です。でもすぐ大きくなり、夏には我々に日陰を作って陽差しから守ってくれる存在となります。秋になり葉は散っていきますが、自分が散ることにより冬の寒さに耐える力を木に与え、そして大地の栄養となり、次に訪れる春には見事な花を咲かせるエネルギーの基となります。
 若葉には無限の可能性を感じます。これからの仕事は楽しいことばかりではないと思います。でもどのようなときでも桜の若葉のような存在感のある仕事をしてくれると信じています。これからも同じ仕事仲間としてH君と接していきたいと思います。どうもありがとうございました。
 最後に皆様の益々の健康を祈念しております。

敬具」

若葉は、今日も輝いている。
(奇跡がくれた宝物 小沢浩著、クリエイツかもがわ より)


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なごみつうしんNo.2

info150224_1.pdf(PDF 文書)



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