地域生活を考えよーかい

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 〜しょうがいじの母も悪くないよレポート・5〜
できるといいな、がいいのかも。

作成日:2004年1月4日
掲載日:2004年1月7日
転載元:『チャチャねっと』


 「この子の発達レベルは今、生後五か月ぐらいですね。同じようなタイプの子どもを観てきた経験からいって、今後も、目に見えて発達するということはないと思います。多分、二十歳になっても、同じような感じでしょう」

 五年前の秋のある日、来年から小学校に通う娘の進路について相談に行った療育園の一室で、ベテランの心理判定員は、きっぱりと、そう告げました。

「ああ、そうですか。やっぱり」と言いながら私は、この言葉を聞くまでに、なんて長い時間がかかったんだろうと、不思議な気持ちになりました。

 生後間もなく脳性マヒと診断された娘。以来、いくつもの病院や施設を巡りながら「歩けるようになりますか?」「しゃべれるようになりますか?」と、何度も専門家たちに尋ねました。いつも明確な答えはもらえず、「子どもの発達はさまざまだから、将来はわかりません。今はリハビリを続けることが一番」と励まされ続けていました。

 だけど、娘の発達はほんとうにゆっくり。「とりあえず三歳までに歩けるようになることを目指しましょうね」と言われ、「いくらなんでもそれまでにはなんとかなるだろう」と思っていた目標も、はかない夢と消え、六歳になってもまだ「ずり這い」さえできない状態だったのです。

 判定員の言葉は、それまで延ばしに延ばされていた私の質問への、直球ストライクの答えでした。厳しい現実。普通なら嘆き悲しむ場面のはず。なのに、その時の私は、長い間胸につかえていたものがす〜っと溶けて行くような、さっぱりとした気持ちになっていました。今思い返すと、娘を「普通の子」に近付けようと、あれもこれもと焦っていた私を、この一言が一瞬で、「ゼロ」の状態に戻してくれたんだと思います。

 「だからね、お母さん、養護学校行ってリハビリをしたからといって、この子が大きく変わることはないと思います。そういう意味では、普通学校に行っても同じ。学校を選択するのに迷っているのだったら、お母さんが『行かせたい』と思う学校を選べばいいと思いますよ」

 穏やかにそう言われながら私は、「それならば、今しか通えない普通学校にチャレンジしてみよう」と決心しました。

「ありがとうございます。こんなにはっきり言ってくれた方は初めてです」
と言ったら、
「そりゃそうでしょ。こんな嫌な役、誰もやりたくないもん」
と、笑われたけど、よくぞあのときあのタイミングであの言葉をくださったと、その判定員さんには今も、感謝しています。

 結局伊丹小学校の障害児学級に入学した娘は、予想に反して、できることを着実に広げつつあります。友達の声が聞きたいから背骨を伸ばす。合奏のリコーダーが好きだから、いっしょに声を上げる。「楽しい」の積み重ねが、いつの間にか「できる」になっていく。その「いつの間にか」が、いいなぁと、しみじみ思う、今日このごろ。

 何かが「できるようにならなきゃいけない」と思い続けながら生きて行くのは、ひたむきで美しいけれど、苦しい。だって、次から次へと「できるようにならねばならない何か」は、きりがなく湧いてくるんだもの。

 それより「できるといいな」ぐらいにしておいて、小さな進歩も楽しみながら行くのがいいのかも、ということを、娘を通じて教えられた気がします。

【チャチャねっと】  林 やよい

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