知的障害者の自立生活と介護制度の現状について
1. 障害者の自立生活運動について
日本では1970年代から身体障害者による自立生活運動が始まりました。具体的な課題としては、介護保障・所得保障・住宅問題・交通問題・教育問題・働く場の確保など地域での自立生活に必要な課題について様々な運動が全国的に行なわれていきました。
1990年代にはアメリカでの自立生活運動を背景として自立生活センターが各地に設立され、身体障害者の自立生活は全国的に広がりました。
自立生活センターでは自立生活の理念として自己選択・自己決定・自己責任などを基本的な考え方として立てています。具体的に言えば、日常生活において自分で食事を作り、(又は買い)、掃除や洗濯、ごみを捨てる、といった家事をし、お金の出入りをすべて管理するというようなことから、いつどこへ外出するか、どういった団体と関わり、どのような仕事をするかなど、あらゆる事柄について他人の支援を得ながら、自分で決めて、その結果について自分で責任をとっていくというようなことです。
自立生活運動は障害者がそれまで施設や家族などによって保護・管理されてきたことことにたいするアンチテーゼという側面を強く持っています。さらに現在では福祉のあり方そのものを「当事者主体」「利用者主体」という形に大きく転換させる力となっています。
自立生活センターの運動から少し遅れて1990年代半ばには知的障害者の当事者運動であるピープルファースト運動がやはりアメリカの先行的な運動を背景としてスタートしました。このピープルファーストと自立生活センターとの連携の中で小田島さんや尾登さんなど入所施設から地域での自立生活を始める知的障害者がでてきました。
このように、日本では障害者の自立生活運動はアメリカ型の当事者運動を大きな力として実現してきた経過があります。しかし、日本の自立生活運動は、一方で介護保障という側面を含みこんだことで、アメリカ型の能力主義(自己の持つ能力に応じた自立生活)に傾きがちな運動とは違い、北欧型のノーマライゼーションを目指す側面を持つようになっています。
このビデオに登場する3人の場合も施設や親元で生活していた頃と比べて、明らかに生活の自由度や選択肢がふえ、社会参加の場も広がり、自分のリズムにあった一日・一週間・一ヶ月・一年といった生活サイクルが結果的に実現しています。このようなごく普通の日常生活を支える上で最も大きな役割を果たしているのが、このビデオで登場するようなホームヘルパーだと言えると思います。
1967年 | 身体障害者家庭福祉員制度(現在のホームヘルプサービス事業)実施 |
1970年 | 神奈川青い芝の会 母親の障害児殺しに厳正裁判要求 |
1972年 | 府中療育センター移転反対闘争 入所者らが都庁前にテントをはる |
1974年 | 東京都「重度脳性マヒ者等介護人派遣事業」創設 |
1976年 | 全障連(全国障害者解放運動連絡会議)結成大会 |
1981年 | 厚生省 国際障害者年推進本部 設置 |
1986年 | 日本での自立生活センターの第一号である八王子ヒューマンケア協会 発足 |
1988年 | 全国公的介護保障要求者組合 結成 |
1989年 | 知的障害者のグループホーム(地域生活援助事業)創設 |
1989年 | 厚生省高齢者保健福祉10カ年戦略(ゴールドプラン)発表 |
1990年 | 厚生省 ホームヘルパー派遣時間の制限を無くした新通知を出す |
1991年 | 全国自立生活センター協議会(JIL)発足 |
1993年 | 2月 東京都 ホームヘルパーの上限を週18時間までとしていた要綱を改正、上限がなくなる4月 東京都東久留米市、田無市などが毎日最大で24時間の介護保障を実施6月 第3回ピープルファースト国際会議(カナダ・トロント) |
1994年 | 第1回全国知的障害者交流集会 (現ピープルファースト全国大会)自立生活センター グッドライフ発足 |
1995年 | 知的障害者による「ピープルファーストはなし合おう会」(現「ピープルファースト東京」)発足 |
参考: | 杉本章氏『戦前戦後障害者運動史年表』、ノーマライゼーション・Nプランニング、2001年 |
2、「触法行為」などについて
日常的に介護を必要としている知的障害者などの場合、下記のような「触法行為」「迷惑行為」「精神症状」などを防止することが必要となる人が少なくありません。
たとえば、「触法行為」の例として
- キーのついている車を探して車を運転し、ぶつけてしまう。
- 突発的な出来事により感情的になり火をつけてしまう。
- 痴漢などの性的犯罪。
- 何らかの事情で感情的になった際、身近な人や全くの他人を殴ったり突き飛ばしてしまう。
- コンビニやお店などから、お金を払わずに物を持ってきてしまう、他人のお金や物を取ってしまう。
- 何らかのきっかけで、自分のアパートの窓ガラスを割ったり、他人の物を壊してしまう。
また「迷惑行為」としては、
- 近所に迷惑なくらい大きな音をたてたり、大きな声を出す、大きなボリュームでテレビやステレオを聞く。
- 人前ですぐ裸になろうとする。
- さびしかったり、退屈な時などに昼夜かまわずいろいろな人に電話をかけまくる。
「精神症状」の例としては、
- 一人でいると何も食べない、飲まない、という状態。
- 逆に一人でいると何でも食べてしまう状態。(生肉や食べ物でないものを食べてしまう)
- 自分の髪の毛を抜いたり、自分をたたいたりといった自傷行為が激しい状態。
- 部屋中おしっこやうんちを撒き散らしてしまう状態。
- 電車や歩いてどこかに行ってしまい、何日も帰ってこない状態。
- 閉じこもりや、こだわり(一日中風呂に入っている、長時間同じ事を繰り返している、など)が続く状態。
このように知的障害者や精神障害者あるいは高齢者の地域生活支援で課題となる「触法行為」とは、近年センセーショナルに取り上げられている「心身喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案」等で示される殺人などの極限的な違法行為というより、もう少しどこにでもあるような、でも、たしかに他人や自分を傷つけたり、まわりに迷惑を及ぼしたり、危険な行為などをいいます。
今まではこのような、触法行為や精神症状のある障害者は、地域生活は困難と考えられてきました。そして施設ではこのような行為を「問題行動」「行動障害」と呼んできました。しかし、寂しさ、退屈、不安などに対しては自分を見守り、支援する人がそばにいることで、欲求を満たすことができ、精神的に安定すれば解消できる部分があることは確かです。また、人の視線を感じることで触法行為を抑制することが可能です。このことは決して本人の責任を介護者(支援者)が丸抱えにする事を意味するのでなく、人間関係の中で人は生き、変わっていくことを意味しています。従って知的障害者の場合、「介護の必要性」として身体介護、家事援助、相談・助言、外出介護などに加えて上記のような行為のある障害者に「見守り」としての介護が必要となります。その必要性に応じて日中8~16時間、あるいは24時間の「介護」がなされることで、地域生活は成り立つのです。
3、知的障害者に対する介護制度の現状
このビデオに登場する小田島さんは週4日、一日3時間~8時間、尾登さんは毎日4時間~8時間、植木さんは毎日24時間、介護者を付けて自立生活をしています。そのため、ホームヘルパーなどの公的な制度をできるだけ活用し、足りない部分についてはグッドライフなどが独自に支援する形で、介護者がついています。
身体障害者に関しては、自立生活を始めた障害当事者による約30年にわたる「介護保障運動」の成果で、最大毎日24時間のホームヘルパーなどの制度が使える自治体が全国で数十箇所まで広がってきています。東久留米市においても、グッドライフの代表である石田義明氏が中心となって行政との話し合いを重ねた結果、1993年4月から重度の身体障害者に対して、最大で毎日24時間の介護保障が実現しました。
一方、知的障害者に関する地域生活支援では「グループホーム」という形が主流で、自立生活(一人暮らし)という形はほとんど実現してきませんでした。そのためホームヘルパーなどの介護制度は全国的に非常に遅れているのが現状です。全国的にみて非常に制度が充実している東京都東久留米市の場合でも、毎日24時間介護が必要な利用者に対しても最大で週85時間のホームヘルプサービスが認められているにすぎません。(従って植木さんなどニーズに比して制度が不足している利用者に対してはグッドライフが予算の中で独自に援助しているという状況です)尾登さんの住む東京都世田谷区では知的障害者に対するホームヘルプサービスの上限は週35時間となっています。(この時間数でも全国的にみれば非常に進んでいるといえます)
自立生活をする障害者に対してホームヘルパーなど1対1での長時間滞在型サービスを保障していく場合、その費用が問題となります。しかし、一人の職員が何人かの利用者をみていくシステムである入所施設や通所施設と比べて在宅での介護費用は決して大きな額ではありません。
たとえば、平成12年度予算で小田島さんが入所していた東京都の入所更生施設では、一人当たり月約70万円の直接的な予算が使われています。東久留米市では小田島さんに対するホームヘルパーは週15時間、ガイドヘルパーが週約10時間です。従って介護費用としては月約20万円程度。その他生活費に関わる部分を含めても圧倒的に「自立生活」の方が安くなっています。あるいは都立の重度知的障害者の入所施設では一人当たり月約150万円の直接的予算が使われており、もしこの金額が在宅での介護費用などに充てられるとしたら、毎日24時間のホームヘルパー派遣も可能になります。また、都内の通所施設では日中6~7時間の援助の費用として一般に一人当たり月40万円前後の予算が使われています。(なお、これら入所施設や通所施設の経費には、用地取得や施設建設に要する経費などの初期コストは含まれていません。)
種別 | 定員1人当たり月額 | 備考 |
特別養護老人ホーム | 565,000円 | 原則として65歳以上で、在宅介護が困難な人(医療を必要とする人は除きます。)をお世話します。 |
養護施設 | 683,000円 | 家族での養護が困難な児童のための施設で、家庭的な環境のなかで、生活・学習など指導を行います。 |
精神薄弱者更生施設(現:知的障害者更生施設) A福祉園 |
663,000円 | 知的発達障害者のための施設で、生活指導・作業指導などを行います。 |
重度精神薄弱更生施設(現:重度知的障害者更生施設) B福祉園 |
1,876,000円 | 最重度の知的発達障害者のための施設で、生活指導・作業指導などを行います。 |
身体障害者療護施設 C療護園 |
1,927,000円 | 常時介護を必要とする重度身体障害者のための施設で、日常生活の介護、日常生活活動の訓練などを行います。 |
*1999年(平成11年)の一部法改正により「精神薄弱」という用語は「知的障害」に改められました。
知的障害者のための福祉予算は国家予算のレベルでみても3割の入所施設利用者のために7割の予算が支出され、逆に7割の在宅者に対しては3割しか予算が使われていないのが現状です。この予算のバランスを、「施設」⇒「在宅」に大きくシフトさせていくことが、今後の知的障害者の地域生活支援を進めていく上で極めて重要だと考えられます。
(末永 弘)